う~ん マンダム!
今回は、昭和なテレビCMの代表作ともいえる「マンダム」を皆さんと懐かしんで
みたいと思います。化粧品メーカーの丹頂株式会社は、「丹頂チック」を看板商品
として、「丹頂ヘアトニック」「丹頂コールドクリーム」などを展開、人気を博して
いましたが、1963年(昭和38年)にライバルの資生堂から、トータル型男性用
化粧品の先駆けとなる「MG5」が発売されるとシェアは低下、一時倒産の危機に
直面するのですが、1970年(昭和45年)にチャールズ・ブロンソンをイメージ
キャラクターに起用した「マンダム」シリーズを発売。 当時テレビ放映された
CMの影響も手伝って大ヒットを記録。丹頂の業績を一気に回復させたのでした。
「マンダム」とはMAN(男)とDOMAIN(領域)を合わせて男の世界を表した造語
なんだそう。中性的でフェミニンな男性像がもてはやされていた時代、「男臭さを
演出する」という当時としてはかなり斬新なスタイルの化粧品でした。
じのコレクションより、当時物の「マンダム」シリーズです。
オーデコロンとポマードの2種
現在「マンダム」銘柄での商品は販売終了しています。
箱入り未使用のデッドストック品です。
トレードマークの「男の顔」はノルウェーのフログネル公園内にある彫刻の顔を
モチーフにしているそうです。
当時実際に使っていた人は「う~んマンダム」と、いいながら使っていた。
たぶん・・・いや、きっとそうだと思う・・・(^^
「マンダム」オーデコロン 120ml 当時価格1400円
「マンダム」のCMには映画「大脱走」「荒野の7人」などで有名なハリウッド・スター
「チャールズ・ブロンソン」を起用。このCMにより、西部劇を中心に野性味溢れる
俳優として独特の個性を発揮していた「チャールズ・ブロンソン」の日本での知名度
を一気に高めました。当時としては事件とも言える程のハリウッド・スターのCM
出演、そして話題となったセリフ「うーんマンダム」は一世を風靡しましたねぇ
こうして「マンダム」のブランド名はたちまち一般に浸透、翌年には社名を「丹頂」
から「マンダム」へと変更してしまった程です。
そして同時に大ヒットとなったのが、このCM曲に使われた「マンダム〜男の世界」
1970年(昭和45年)7月25日に東芝リバティ・レーベルよりリリース。洋楽として
は異例となるオリコン1位に、73万枚(オリコン調べ)という売り上げ枚数は、洋楽
シングル としては歴代3位の大記録となっているそう。当時はCMソングのレコード
発売という概念そのものが一般的ではなく、「イメージソング」という新語もこの曲
から生まれました。
CM曲を歌っているのはジェリー・ウォレス(Jerry Wallace)1958年にデビュー
カントリー界で数多くのヒットを放っていたアメリカのシンガーです。
こちらは、ビクターレコードから発売された二作目の「マンダム〜男の世界」です。
アイク・コールの二ュー・マンダム・ソング・オリジナル・サウンドトラック盤
ジェリー・ウォレスの「マンダム〜男の世界」は男臭さを前面に出していましたが、
アイク・コールはGentleCole(やさしいコール)の二ック・ネーム持っているよう
に、今度は「強いばかりが男じゃない」といった、ナイーブな面を匂わせています。
マンダムのテレビCMは、1970年から8年間に及び放映されたそうです。
CM放映開始当時、6歳だったじのさんもリアルタイムでやっていましたョ!
えっ、何をやっていたかって? 同輩の皆さんでしたら当時全国的に巻き起
こったこのギャグは勿論経験済みですよねぇ!?
友達から「あれ、アゴになんか付いてるよ」といわれて
アゴを手でなでる瞬間に「う~んマンダム」とダマされるギャグ!
分かっていながら、つい引っ掛かかっちゃうんですよねぇ(^^
それから、これは皆さん知らないと思うけど、確か「おはようこどもショー」
で、視聴者の女の子二人から番組宛に「ちんちんこりん体操」っていう体操を
考案したという投書があって、司会者の坪井のりおさんに紹介されたんです。
そして後日、その女の子二人が実際にスタジオに来て体操したんですが、その
「ちんちんこりん体操」の歌の中に何故か「う~んマンダム」のフレーズが入って
いたんです。特に意味も無くウケで取り入れてたんでしょうねぇ
では、その時の「ちんちんこりん体操」の歌を紹介しましょう!
ちんちんこりん ちんちんこりん
おしりをふって ちんちんこりん
もっとまわせ もっとまわせ
う~ん マンダム!
しかし、じのさん、なんでこんなの覚えてんだろう・・・(^^;
つボイノリオさん、そして当時女の子だったお二人、コメントお待ちしていま~す!
さて、現在「マンダム」では男性用整髪ワックス「ギャツビームービングラバー」
シリーズが人気なんだそうです。動きのあるヘアスタイルを思いのままに作れ、
2006年の発売から今年6月までの出荷数は国内外で計約1億7千万個にも上る
そうです。メーカー側も時代や流行の流れに沿って商品開発に余念がないよう
ですねぇ じのさんは時代の流れで髪の毛は大分少なくなりましたがね・・・
社歴
1927年(昭和2年)金鶴香水株式会社として設立。
1933年(昭和8年)スティック状の塗る整髪料「丹頂チック」を発売。
1959年(昭和34年)社名を丹頂株式会社へと変更。
1970年(昭和45年)「マンダム」シリーズを発売。
1971年(昭和46年)社名をマンダムへと変更。
1978年(昭和53年)「GATSBY」ギャツビーシリーズを投入。
1989年(平成元年)「LUCIDO」ルシードシリーズを投入。
1933年(昭和8年)スティック状の塗る整髪料「丹頂チック」を発売。
1959年(昭和34年)社名を丹頂株式会社へと変更。
1970年(昭和45年)「マンダム」シリーズを発売。
1971年(昭和46年)社名をマンダムへと変更。
1978年(昭和53年)「GATSBY」ギャツビーシリーズを投入。
1989年(平成元年)「LUCIDO」ルシードシリーズを投入。
そのうち昭和な資生堂「MG5」も投稿しますネ!